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▼論戦コンボ ~カルタゴ同盟~

論戦コンボ
~カルタゴ同盟~

明日はEl Orienteついに実装です。
オスマン逆亡命の準備も整い、あとは待つだけ。しばらくは色落としですね。
オスマンの時と違って悪名8000じゃなく悪名5000ですからまだ楽なんですが、
1999~1000の悪名落としがめんどくさいんですよねぇ。
結局免罪符取ったの一枚だけなんで、使うに使い辛いという……

今回は「カルタゴ同盟」です。
「カルタゴ同盟」は「シラクサ」と「チュニス」の港・集落同士の地理系コンボです。
まず先にシラクサとチュニスの紹介です。

シラクサ
シラクサと、


チュニス
チュニス。
シラクサはシチリア島(シシリー島)の東部、チュニスは北アフリカ沿岸中央部にあたります。
チュニスによる人はそれなりに居ても、シラクサに寄る人は……あ、学校がありましたね。確か。
チュニスはジェノスクで寄る人や冒険家にゃ多いかも。商人はフランス人くらいしか使いどころ難しいかな?

さてさて、とりあえずまず、地理系いつも通りのGoogle Earthで確認しときます。
GE_カルタゴ同盟全体図
ナポリも見えない詳細図です。カルタゴとありますが、これはカルタゴ同盟の時代、
当時の街はチュニスでなくカルタゴですので、カルタゴと表記しときます。
現にGoogle Earthをもっと詳細にしていくとチュニスより若干海寄りの部分にカルタゴの地名が……

さて、今回のお題は「カルタゴ同盟」です。シラクサとカルタゴ(チュニス)が同盟したわけとは?
そもそもカルタゴとは?


wiki_カルタゴ
カルタゴ遺跡。このカルタゴ遺跡を眺めながら話していきます。

カルタゴとは、フェニキア語でカルト・ハダシュト、新しい町という意味です。
新しい町とは、そもそもフェニキア語なのは。
レバノンの南西部、地中海に面する都市ティルス。DOLでいうとベイルートの南あたりです。
フェニキアの王女エリッサは兄に命を狙われた為、財宝を積み込んでそのティルスを脱出します。
まず、DOLではファマガスタのあるキプロス島に着き、そこで人員を補給し、チュニス湾に到着。
BC814年、エリッサはここに落ち着くことに決め、建国。色々な伝説がありますが、割愛しておきます。
ともあれ、これがカルタゴの最初の一歩となります。
カルタゴの初期は争いも絶えませんでしたが、地中海のど真ん中に位置し、海に面しているカルタゴは交易で繁栄していきます。
BC5世紀初頭より、カルタゴはこの地域の商業の中心地となり、以降、カルタゴが滅亡するまで続きます。カルタゴの全盛期は凄いもので

カルタゴ勢力図
この範囲までカルタゴは領有していきます。
カルタゴは海賊や他国が恐れる強力な海軍力を有しており、カルタゴの進出と覇権の拡大は衝突を招きます。当時東地中海にある大きな国ギリシャです。
ギリシャやフェニキアはシチリア島の地理的重要性を認識しており、ギリシャはこのシチリア島に多くの植民都市や交易拠点を持っていました。
カルタゴはギリシャとシチリア西部の領有権を巡り何度も戦争を起こしています。
カルタゴにとってもカルタゴの都市の喉下です。一応シチリアマップを載せておきましょう。
シチリアマップ


BC480年、カルタゴが大規模な軍事行動を開始。事の発端は、ギリシアに支援されたシラクサの僭主ゲロンが、島を統一しようとしたことに始まります。
この第一次シチリア戦争はカルタゴの敗退に終わります。

カルタゴの政策が貴族政が打倒され共和政に移行、共和制のもと回復したカルタゴは、
第二次シチリア戦争へと陥ります。カルタゴはギリシャ軍を打ち破るものの度重なる疫病で
最終的にカルタゴの領土は島の南西の隅に追いやられ、依然として不穏な情勢に。

BC315年、シラクサ王アガソクレスがメッシーナを包囲、またカルタゴの要塞も包囲されますが、
紀元前310年にはシチリア島のほとんどを占領し、シラクサを包囲、そこでアガソクレスがカルタゴ本土を急襲。
カルタゴ軍は包囲を解きカルタゴへ戻り、アガソクレスを破りそこで停戦。


以上の様にカルタゴとシラクサは100年以上敵対関係にありました。
この前段階があってのカルタゴ同盟なのです。一体この敵対関係の2都市に何が起こったのか。


BC288年、シラクサ王アガソクレスが死去すると、彼の雇っていた傭兵たちはメッシーナの町を乗っ取りマルメティニと名乗り恐怖政治を行い始めます。
また同時期ギリシャが西地中海におけるギリシアの影響力を維持し、
拡大するために2つの大きな戦争を起こします。1つはローマに対し、1つはカルタゴに対してです。
結果的にこの2つの戦争はどちらもギリシャが敗退します。
ここで勢力がどう変わったか。カルタゴは以前のままに戻っただけなのですが、
ローマがイタリア全土を支配するようになりました。
西地中海ではローマが力をつけ、ギリシャの支配は減る一方に、結果的にローマとカルタゴが対立し始めます。

カルタゴとシラクサ、両方にとってマルメティニは脅威となり始めます。
BC265年、シラクサ王ヒエロ2世はカルタゴと同盟を組み、カルタゴと共同してマルメティニを攻撃。
マルメティニはカルタゴとローマの両方に使者を派遣。ローマには救援の、カルタゴには降伏のです。
ローマが議論してる間にカルタゴ・シラクサ軍がメッシーナを占領。メッシーナにはカルタゴの軍が駐留し、港にカルタゴ軍の軍艦が停泊するようになります。

これが脅威となるローマとカルタゴの間でポエニ戦争が始まります。
結果的に第一次ポエニ戦争でシラクサがローマの属州となり、
三次に及ぶポエニ戦争の決着はローマの勝利、カルタゴは滅亡します。

しかしながら当初敵対していた大国2つが手を結ぶとはローマにとってはさぞかしビックリな話です。
意外と状況が変われば友好関係なんてものは政治の上では簡単に変わるものなのでしょう。
さてさてDOLではどうなるんでしょうか。
日本実装で勢力バランスに変化が起こる可能性もあるかもしれませんね。

最後に。
『カルタゴ同盟』は「シラクサ」で1点、「チュニス」で1点、
コンボで+4点、計6点です。
次回は「太古の貨幣」を予定します。
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